あくまで仮説に過ぎないのだが、だんだんと検証されつつある個人的な思惑について。 または当然と思われるかもしれない、個人的なモチベーションについて。
今回、何を書こうとしてるかと言うと、 「俺がやっているのはムーブメントなんだ」と認識することはわりといいかもしれないし、 「ムーブメントを起こすためのプラットフォームは揃っている」 という仮説についてである。
例えば、イベントをやるに当たっては、それは「場所」を提供することと考え、 裏では、「あるムーブメントを起こすぞ」という心意気だと「わりかしいい」。 効果が計りやすく、イベント自体の段取りもはっきりして長続きする。 ブログを書くことやTwitterでつぶやくこともムーブメントの手段に使える。
昔から、俺にはやりたいことがあったし、やりたいことがある。 それは具体的には「(適切な人に対して)表現する」ということだ。 だから、何か表現する物が無いと、今回のケースには当てはまらないかもしれない。 ただ、「自分が楽しいと思ってやっていることを誰かに伝えること」も表現であると考えれば、 様々なケースに応用できる。 重要なのは自分に表現したいことがあることに気づくことだ。
散文的に書いたので事例と共に解説する。
「PerlCasual」という個人的にはムーブメントと認識している活動を去年から行っている。 これは簡単に言うと「もっとカジュアルに(ライブラリの作者だけじゃなくてユーザーも)Perlを楽しんで、 それを表現していこーぜ!」 というムーブメントだ。 去年のYAPC::Asiaというイベントで自分が「カジュアルにPerlを楽しんでいる」ことに気づいて、 もっと仲間が欲しかった。 早速、ブログにエントリーを書き、意見を乞うた。 すると「自分もカジュアルなPerlユーザーだ」という人も含め仲間が集まって来た。 イベントを今まで3回行い、初心者向けの講習及び、初級中級ユーザーの発表の機会を作った。 今年のYAPC::Asiaでは3人の方から「PerlCasualのおかげで自分も発表する気になった」 なる意見をもらって非常に嬉しかった。
先ほど話した発端となるブログのエントリーはこちら。
Where are "Casual Perlers" ? - ゆーすけべー日記
「カジュアルなPerl Mongersはどこにいる?」それを私は見つけたいと思います。 そして、カジュアルなPerl Mongersがいるとしたら、もっと存在感を見せつけましょう。
このまとめの文章から、実際に単なるイベントとかコミュニティと考えているのではなく、 社会運動=ムーブメントと考えていたことがわかる。
「81忘年会」と称し1981年で生まれのエンジニア界隈の人達を集めて飲んでいるのもムーブメントと捉えることができる。 「同じ年に産まれたしネットやってるんだから仲良くしよーぜ!」っていう意識だ。
そういえば、ちょうど1ヶ月前のエントリー が一応発端となり、Facebook騒動が起こった時。 「社会運動はどうやって起こすか」というTED.comの3分間の プレゼンテーション映像をとある「ネットウォッチャー」に紹介された。
デレク・シヴァーズ 「社会運動はどうやって起こすか」 | Video on TED.com
このビデオで主張しているは、「言い出しっぺも重要だけど、それに続く(フォローする)人がいて、彼らを大事に扱えば、 リーダーは複数になり、ムーブメントが起こしやすいかもね!」ということである。
興味深いのは、この主張において重要な、フォローする/されるための道具が手に入りやすいことだ。 「PerlCasual」の例で挙げた時に登場するブログやイベント。 さらに言えば、イベントやブログを告知するために使ったTwitter、 イベントの管理のために使ったATNDなど、このネットの社会においては、 ムーブメントを起こすためのプラットフォームは揃っている。 TED.comの映像では原っぱで裸踊りをしてそれが周りの人達に伝わって行くのだが、 今のブログ/Twitter/イベントといったツールを駆使すればオンラインとオフラインで、 「原っぱにいる規模」以上の、より多くの人に、踊っていることを伝えることができる。
まとめよう。 まず、自分が表現したいことに気づくこと。 それは「踊るのが楽しい」といった自分で今現在、楽しんでいることでもいい。 次に、その楽しさを、ブログやTwitter、Facebookなどのネット上のツールで主張する。 その楽しさに共感する人は大抵いる可能性が高いので仲間が集まるだろう。 そしてイベントを開催すれば自分の意図がよりリアルに伝わる。
イベントやネット上のツールはムーブメントを起こすためのツールとして使える。
ここで気づくことがある。 何かムーブメントを起こすに当たっては伝えたいことがあり、より多くの人を巻き込みたいと思っていることが前提だ。 伝えたいことの規模が社会に目が向いていれば上記の理論は当てはまる気がするが、 限られた人だけに伝えたければそれは必要ないかもしれない。 ただ、俺は社会に目を向け続けると思う。 それは、やるんだったら大きなことをやりたいという個人的な思想も含め、 まだ見ぬより多くの人と一緒に楽しいことについて話したいからだ。 そしてもっとこの文章に説得力を持たせるためにこれからも色々なことに気づいて発信していきたい。